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2008年12月の日記 (全40件) / タイトル一覧

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2008年12月1日(月)

[日記] イルミネーション

武蔵境のイルミネーション
去年まではなかった、武蔵境駅北口のライトアップ。
写真を撮ったのは夕方ですが、夜になるといっそうきれいに見えます。
こういう風景を見ると、もうすぐ今年も終わりなんだなー、と実感します。

今年もここまで大きな不幸もなく、特に嫌なこともなく、いい一年だったと思います。
もちろん、欲を言えばきりはないですが。来年こそは、この日記を面白い内容にしたいです。

2008年12月2日(火)

[日記] 東海とUFJと三菱東京UFJ

通帳
1999年に作ったPAT(中央競馬の電話投票システム)とD-net(地方競馬の電話投票システム、現在のオッズパーク)の銀行口座の通帳が、いまだに東海銀行の通帳でした。このままでは使えないということで、今日の昼に銀行へ行って、三菱東京UFJ銀行の新しい通帳に替えてもらいました。
ご存知のとおり、東海銀行は三和銀行との合併で発足したUFJ銀行を経て、東京三菱銀行との合併によって現在は「三菱東京UFJ銀行」という長ったらしい名前の銀行へと改組しました。
僕の競馬投票用の通帳は、UFJをすっ飛ばしていきなり三菱東京UFJの通帳へと姿を変えたわけです。十年一昔といいますが、銀行業界の移り変わりは実に激しかったですね。

UFJ銀行には、昔からかなりお世話になっていました。
愛知県出身ということで、1992年に初めて作った銀行口座は東海銀行のものでした。今でも当時と同じ東海銀行のキャッシュカードを使っています。
当時、地元に支店があった銀行は東海銀行のみで、あとは郵便局と信用金庫と信用組合と農協だけ。典型的な田舎です。

京都で学生をしていた1996年、とある料理店でバイトをしていたのですが、そこの給料の振込先が三和銀行でした。学校の帰りに三和銀行聖護院支店へ行って、口座を作ったような気がします。学校の帰りに聖護院八ツ橋を買ったことは一度もありません。

1998年、まともに就職活動をしなかった僕が会った数少ないリクルーターのひとりが、東海銀行の人でした。

愛知県に戻った1999年、東海銀行でPATやD-netの口座を作ったのは先ほど書いたとおり。

翌2000年には名古屋の出版社に務めるわけですが、そこのメインバンクがあさひ銀行で、給料が振り込まれる口座もあさひ銀行で作りました。
最初はあさひ銀行も東海、三和と合併して、UFJ銀行に加わる予定でした。そのため、東海銀行のATMで、手数料無料であさひ銀行のお金が下ろせました。名古屋にはあさひ銀行の支店やATMが少ないため、この提携はすごくありがたいことでした。ところが、しばらくしてあさひはUFJからの離脱を発表。後に大和銀行と合併し、りそな銀行となって今にいたります。それに伴いあさひと東海のATMの提携が消え、手数料が取られるようになりました。
それにしても、なぜ名古屋の会社なのに、メインバンクが埼玉の銀行だったんだろう。まあいいや。

以上のような感じで、UFJ銀行にはいろいろな縁がありました。だから、現在の三菱東京UFJを呼ぶときも「トウミツ」とは呼ばずに「UFJ」と呼びます。あの合併はUFJが東京三菱に救済された形でしたが、ATMの利便性はUFJのがずっと高かったですからね。そこは評価したいです。

そんなわけで、つい最近まで東海銀行の通帳を使いつつ、手元にUFJ時代の通帳もあったので、まとめて写真を撮ってみました。日本の銀行業界の変遷です。

2008年12月3日(水)

[お仕事] 新聞や雑誌に自分の文章が載るということ

12月2日付けの某全国紙のある記事広告に、小さなスペースですが、僕が書いた文章が掲載されました。
その前の日曜日にも、某紙の記事広告で、僕が文章を書いたインタビュー記事が、わりと大きなスペースで掲載されました。
それが僕の仕事なので、いまさら何を思うこともありません。ただ、何ごともなく無事に掲載されてよかった、ということだけです。
でも、10年前の僕にとっては、自分の書いた文章が紙媒体で活字になること、それがたくさんの人に読まれることが、大げさにいえば僕の夢でした。

僕の文章が初めて商業誌に載ったのが、今から9年以上前の1999年のこと。そのときは、自分の文章が有名な雑誌に載るということだけで舞い上がってしまい、掲載紙をまともに見ることすらできませんでした。そのくらい、雑誌に文章が載るということは、当時の僕にとって特別なことでした。

しかし、その1年後の2000年に名古屋の出版社に就職したことで、雑誌に載るというハードルがずいぶんと低くなってしまいました。隔週誌で、僕が担当するページが毎回10ページ以上、しかも時間がない中で書き殴った文章がそのまま活字になってしまったわけですから、ありがたみも何もありませんでした。
もちろん、全国で10万部以上発行している実話系週刊誌と、東海地方のみで数万部の雑誌、しかも風俗情報誌と比較するのは乱暴な話だと思います。それでも、自分の文章が載った雑誌が書店やコンビニに並べられることの意味が、僕の中で軽くなってしまったのは事実です。

今の仕事は2006年1月に始めました。媒体は新聞や雑誌の広告、あるいは企業のPR誌のようなものがメインとなりましたが、不特定多数の人たちの目に触れるという意味では、かつての風俗誌以上に、1998年当時の僕が目指していたものに近いといえます。
ところが、いくら全国紙に僕の文章が載っても、昔のような感慨はほとんど得られませんでした。
載ったのが純粋な記事ではなくて広告だったから、というのも理由だと思いますが、それだけではないような気がします。
紙媒体を介さずに、不特定多数の人に対して自由に情報を発信できる場所、つまりこの日記が存在するせいなのか。
あるいは、出版業界で何年も働いたことで、感覚が鈍ってしまっただけなのか。

もうすぐ発売される、ある有名な週刊誌に、ある有名なエコノミストのインタビュー記事が載ります。
広告扱いとはいえ、僕が書いた文章がほぼ100%そのままの形で載るので、いつもの記事広告より達成感があります。きっと、たくさんの人があの記事を読んで、よくも悪くもその内容に影響されることでしょう。

仕事で文章を書くときも、この日記も、目的は「人の心を動かすこと」にあります。直接話さなくても、文字だけで見知らぬ人に思いを伝えられるのが、文章のいいところです。それが楽しいからこういう仕事をしているわけだし、プライベートでもウェブ日記を書き続けているわけです。

2008年12月6日(土)

[F1] ホンダがF1から撤退

本田技研は5日、東京・青山の本社で緊急記者会見を行い、福井威夫社長から正式に2008年でのF1撤退を発表した。撤退の理由としては、金融危機と各国経済の急速な悪化から、経営効率の再配分が必要、としている。(オートスポーツWEB)

僕がF1を見始めた1990年には、ホンダはトップチームのエンジンサプライヤーでした。92年にチャンピオンをルノーエンジンに明け渡し、ホンダは撤退しましたが、それ以降も無限エンジンを通じてF1に関わり続けました。「無限ホンダ」としては、リジェやジョーダンで何度か優勝しました。
2000年にホンダは正式にF1に復帰し、BARやジョーダン、スーパーアグリにエンジンを供給しました。
2006年からは38年ぶりにコンストラクターとして参戦。同年、ジェンソン・バトンが優勝し、エンジンサプライヤーとしては14年ぶり、コンストラクターとしては39年ぶりの優勝となりました。
ここ2年は成績が低迷していましたが、まさか突然、このタイミングで撤退するとは驚きました。よほどお金が厳しかったんでしょうね。
MotoGPには来年も参戦するとのことです。こちらはF1と違ってコンスタントに優勝していますし、日本以外の国ではF1よりバイクの方が人気が高いことも多く、そもそもホンダの二輪車の世界シェアは四輪よりはるかに高いので、費用対効果はこちらの方が高く、優先順位をつけるとF1の方がどうしても下になってしまうのでしょう。

現時点では、来年春までに売却先が見つかりそうな状況なので、チーム数が減ることはなさそうです。
問題はドライバーです。このままバトンが新チームに乗るのか、あるいはもっとギャラの安い、スポンサーを持ち込んでくれるドライバーを選ぶのか。もっとも、他の有力チームはドライバーがすべて決定しているので、選択肢はほとんどないわけですが。
いずれにしても、バトンにはこのまま終わってほしくないですね。2004年のBARで見せた、「速いマシンをより速く走らせる」という能力はトップクラスですから。「速くないマシンをそこそこ走らせる」という能力では、ドライビングもマシン開発力もバリチェロに劣るようですが。

ただ、この撤退を受けて、F1全体で経費削減を意識しすぎるあまり、エンジンのワンメイク化への流れが強まることを懸念します。やっぱりフェラーリとメルセデスとBMWとルノーとトヨタがやり合うからF1は面白いわけで。来年はそこにホンダが加わらないことが、つくづく残念です。

[日記] 割れたドリッパー

ドリッパー
コーヒーを飲むときは主にコーヒーメーカーを使っているので、ドリッパーを使う機会はあまり多くありませんでした。
だから、15年前に買ったものを、ずっと使い続けることができました。
でも、ついに限界が来てしまいました。
ご覧のようにひびが入り、すき間からコーヒーが漏れるようになりました。さすがにこれでは使えません。

プラスチック製より高い、カリタの陶器製ドリッパー。
1993年秋に高校2年生だった僕は、週3~4回アルバイトをしていたので、周りの人より少しばかり多くのお金を持っていました。まだ肌がつやつやだった頃の、小さなぜいたく。

今日、新しいドリッパーを買いました。281円。今度はプラスチック製だから、簡単には割れないと思います。
たった281円のドリッパーでも、コーヒーを入れるために、いろんな場所でいろんな人の役に立っています。
「自分は何でもできる人間だ」という根拠のない自信に満ちあふれていた15年前の少年は、何の取り柄もない、何もできないオッサンになりました。

2008年12月7日(日)

[日記] 井の頭公園の紅葉


このところ週末は雨が降ったり、疲れていたり、気分が落ち込んでいたりしたため、自宅に閉じこもることがほとんどでした。井の頭公園に来るのは、ずいぶんひさしぶりです。
今日は冷え込むかと思ったら、思いのほか暖かいですね。公園には一眼レフのカメラを持った人の姿が目立ちます。
写真は、西日に照らされた紅葉を撮影する人たちの姿です。

今日も、子供たちが楽しそうに遊んでいます。この先もずっと、みんなが笑顔で過ごせる世の中が続くことを望みます。

[日記] 武蔵野2008


毎年恒例の、吉祥寺駅前のライトアップです。
東京で迎える4回めの年末。来年も無事にお正月を迎えることができそうです。

2008年12月8日(月)

[日記] 景気づけに、ベルギーのオルヴァルを一本

オルヴァル
ベルギーの「オルヴァル」というビール。わりと有名なビールなので、知っている方も多いのではないかと思います。
武蔵境では、成城石井に置いてあります。330mlで650円とかなり高額。通販でも620~630円程度の値段がついていて、どうやら国内で安く買えることは期待できないようです。
このビールは過去に飲んだことがあって、おいしかった記憶があるので、思い切って買ってみることにしました。明日から仕事がものすごく忙しくなるので、そのための景気づけということで。

そんなわけで、ひさびさに飲んでみました。
泡の立ち方がすごい。濃厚な味と強い香りの中に、しっかりとした甘み。うん、確かにおいしいです。でも、自宅でひとりで飲むのには向かないような気がしました。
いつか誰かといっしょに、おいしいでも料理を食べながらオルヴァルを飲めたらいいな、と思いました。

2008年12月10日(水)

[日記] 駆け込み乗車は「危険」ではなく「迷惑」

先日、地下鉄南北線に乗っていたときのこと。
電車が駅を発車するときに、
「駆け込み乗車はたいへん危険です。ほかのお客様のご迷惑になりますので、やめてください」
というアナウンスがありました。

細かいことかもしれないけど、順序が逆だろう、と思いました。
迷惑を受けた乗客より先に、駆け込み乗車を行った乗客自身をたしなめるようなことを言うなんて。

駆け込み乗車のせいで、ドアを1回余分に開閉しなければいけないこともあるし、最悪の場合は荷物をドアにはさんでしまい、電車がしばらく立ち往生することもあります。実際、過去にそういうことがありました(電車のドアに荷物をはさんで、悪びれもしない男)。たったひとりの自分勝手な行動で、何百人もの乗客に迷惑をかけるだけでなく、ダイヤを乱すことで、別の電車に乗る乗客にまで影響を与えることがあります。

「たいへん危険」なことは、係員が言わなくても、本人は分かっているわけです。そのリスクを知ったうえでの行動ですから。
こういう場合は、
「駆け込み乗車は、他のお客様に対して非常に迷惑です。列車が通常どおり運行できなくなる恐れがありますので、絶対にやめてください」
と言うべきです。
第一に乗客のことを考え、第二に会社の事情を考える。駆け込み乗車をするような人間を心配するのは、その後で十分です。

昔、スーパーの店員をしていた知り合いに、こんな話を聞きました。
売り場で子供が走り回っていたので、その店員は「危ない」と注意したそうです。すると子供は、「危なくないよ」と答えました。
そこで店員はこう言いました。
「君じゃなくて、他のお客様に対して危ないって言ってるの」
子供は、黙ってしまったそうです。

2008年12月11日(木)

[日記] 新潟県阿賀野市の「アンバースワンエール」


この不景気にも関わらず、いろいろな方が会社にお歳暮を送ってくださいます。本当にありがたいことです。
写真のビールも、お歳暮でいただいたものです。新潟県阿賀野市の地ビール「アンバースワンエール」。夜11時を過ぎた会社で、ひとりで飲んでいました。

新潟県の地ビールといえば「エチゴビール」が有名ですが、エチゴビールは正直、それほどおいしいと思えなかったんですよね。
日本の地ビール全般に言えることですが、僕の好みに合うビールに出会う確率が、海外のビールほど高くありません。これまで「もう一度飲みたい」と思ったのは「銀河高原ビール」と「よなよなエール」ぐらいでしょうか。

さて、この「アンバースワンエール」ですが、同じ新潟でも、こちらはなかなかおいしかった。口に入れた瞬間はくせのある香りがしますが、濃厚で飲みごたえがありました。
送っていただいた方、ありがとうございました!

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プロフィール

【フォーキー】
編集者
1977年2月20日生まれ
東京都武蔵野市在住
愛知県出身

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